「古事記伝」とは、8世紀前半にまとめられた古事記を研究し、解釈を記した書物です。

本居宣長によって18世紀後半に作成されました。

この本居宣長による古事記伝の作成には、文学的意義もさることながら、大きな歴史的意義があります。

「古事記伝」が発表されたことにより、当時の日本に潜在していた「倒幕」の野望に火をつけることになったのです。

本居宣長による「古事記伝」作成の経緯

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「古事記」とは

「古事記」は8世紀前半にまとめられた日本創生や天皇家のルーツにまつわる神話や伝承を記した書物です。

同時代に作成された「日本書紀」と同様、天武天皇の命によって作成されました。

しかし「日本書紀」が日本の公式歴史書として認められる一方、「古事記」は「伝承を書き記したもの」という認識にすぎず、それほど注目されてきませんでした。

本居宣長はなぜ「古事記」に注目したのか

宣長が古事記の研究を始めたのは国学者「賀茂真淵」の影響でした。

馬淵は中国など外国からの影響を受けた当時の日本の学問や宗教、思想を批判して

「日本古来から伝わる、外来の何にも影響を受けていない考え方、精神性に立ち返ること」

の大切さを説きます。

江戸時代は、中国から伝わった学問「朱子学(儒教の学派の一つ)」が官学とされた時代。

「朱子学が示すあるべき姿に従うこと」を良しとされていました。

朱子学の官学化は幕府の政策のひとつなのですが「それによって日本人のあるべき姿が歪められている」と馬淵は考えたのです。

宣長は馬淵のこの考えに賛同し、「日本人のあるべき姿」を知るための書物として「古事記」に注目します。

「古事記」が伝える神話は日本に、まだ仏教も儒教も伝えられるの前の時代のこと。

イザナミとイザナギによって国が産まれ、アマテラスオオミカミの孫が日本に降り立ったころの話しです。

まさに「日本という国がどのように創られ、日本人がどう生きていたのか」を伝えていると考えたのでした。

「古事記伝」が幕末志士に与えた新しい思想とその影響

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宣長によってまとめられた「古事記伝」は、「古事記」で語り継がれる日本神話を世の人びとに見直させるとともに、新しい価値観を日本人に芽生えさせました。

それは、

「天皇を崇拝すべき」

「日本という国は他のどの国よりも素晴らしい」

「外来の宗教や学問は良くない」

というものです。

こうした価値観は、幕府の体制に不満を持っていた人々の心を動かし、次第に過激化させていきます。

「天皇崇拝」「日本は他の国よりも素晴らしい」という考え方は、幕末の尊王攘夷運動の後も、近代に至るまで日本人の行動に影響を与えました。

また「外来の宗教への批判」は、明治以降の廃仏毀釈と言った神仏分離へと進んでいきます。

このように政治には無とは一見無関係であるかのような「古事記」の研究が、幕末以降の日本人に大きな影響を与えたのです。

本居宣長による「古事記伝」はそんな、日本の歴史を大きく変える書物でした。

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