華岡加恵は江戸時代中期の医師・華岡青洲の妻で、自ら人体実験に志願し世界初の全身麻酔手術成功に貢献しました。

この記事ではそんな華岡加恵・青洲夫妻の生涯について、簡単にまとめています。

夫・華岡青洲

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華岡加恵の夫・華岡青洲は、紀伊国(現在の和歌山県)で二代続いた外科医の家に長男として生まれました。

幼い頃から当然のように医者になることを期待された青洲は、京都でオランダ医学などさまざまな医学を学びます。

青洲自身にも、医者として目指す姿への志は高く、古代中国の医学史や古典医学なども自ら進んで学んでいきました。

その中で、古代中国の医師・華陀が麻酔薬を用いて外科手術を行ったこと、また現代のオランダでは乳癌の毒部を摘出して乳がん治療を行っていることなどを知っていきます。

妻・華岡加恵

一方、華岡加恵は、青洲の生まれた村の近隣に、青洲よりも二歳年下で生まれました。

二人は青洲が京都から帰って後に結婚。

加恵は青洲の母とともに、青洲の麻酔薬研究を支えていくことになります。

麻酔薬「通仙散」の開発と加恵の献身

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青洲は京都で勉強中に知った

麻酔薬を使っての外科手術実現

を医師としての目標に掲げ、麻酔薬の開発に携わっていました。

その開発は、主に犬を使った動物実験を経て、完成に近づいていきます。

しかし最後に残った課題が、

「人間に安全に使うことは出来るのか」

というものでした。

目標実現に向けての最後の大きな壁を前に青洲は悩みますが、そこで青洲の母と妻・加恵が自ら人体実験に名乗り出ます。

特に加恵は、妻として夫の為に我が身を使うことが当然だと、母ではなく自分を使うように願い出たのでした。

そうして青洲は加恵と自らを使った人体実験を決意し、回を重ねたうえでついに麻酔薬「通仙散」が完成しました。

青洲はこの麻酔薬を使い、乳癌患者の外科手術に成功。

こうして世界で初めての全身麻酔手術が実現したのです。

人体実験で視力を失くした加恵と、加恵を労わった青洲

世界初の偉業を成し遂げた青洲でしたが、その代償に加恵は視力を失ってしまいました。

(麻酔薬に使われていた成分が、視神経を損なったのではないかと推測されています)

視力を失った加恵を青洲は厚く労わり、すすんで読み聞かせをしたり人形浄瑠璃の名人を呼んで喜ばせたということです。

加恵は青洲に労わられながら、67歳で死去。

青洲は村民の治療や村の溜池開発などに携わりながら、76歳まで生きました。