キングダムで描かれた六国合従軍ですが、実は李牧以前に、六国を合従させ秦と対抗した人物が春秋戦国時代にいました。

その人物の名は「蘇秦(そしん)」。

李牧が行ったのは秦を滅ぼすための合従でしたが、蘇秦が行ったのは「秦を封じ込める」ための合従でした。

李牧以前に六国を合従させた人物「蘇秦」の功績

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蘇秦が楚、斉、燕、趙、魏、韓を合従させ秦と対抗したのは紀元前330年ごろのこと。

キングダムの舞台が紀元前250年ごろなので、李牧の合従軍の80年ほど昔のことになります。

(ちなみに漫画の中で説明されていた、斉への合従軍侵攻は、李牧の合従軍と蘇秦の合従軍のちょうど真ん中あたりの出来事)

当時、秦は孝公と呼ばれる王の時代で、商おうと呼ばれる法家を登用して軍事国家としての基盤を強めた時期でした。

その商おうの活躍により、中華は一強(秦)六弱の時代になります。

当時はどの国もが、秦の脅威に脅えていました。

そこで活躍したのが「蘇秦」です。

蘇秦は貧しい農民の出ながら、弁舌だけを用いて六国の王や宰相を説得し、六国合従を実現しました。

その合従軍は、李牧の時のように秦へ侵略こそしませんでしたが、合従ののち15年間、秦は函谷関から侵略出来なかったと言います。

日々国境が書き換えられていた戦国時代において、これはとても大きな成果。

「秦を封じ込めた」のは、蘇秦の功績と言えます。

それでも語り継がれない「蘇秦」という人物。中国で有名な嫌われ者?

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弁舌一つで六国を合従させ、15年間も均衡を保たせた蘇秦。

その功績は大きなもののように感じられますが、蘇秦は後継者を残すことなくその学問も禁じられます

それは、蘇秦の最期が「逆スパイ」によるものだったからです。

蘇秦は斉で暗殺され最期を迎えますが、斉へはスパイとして潜り込んでいました。

それまでいた燕から、わざと追放された形にするように言ったのは蘇秦ですが、そもそもその動機が燕で犯した罪を逃れるため。

蘇秦は燕王の母親と密通していたのですが、その罪から逃れるためでした。

こうした経緯から、蘇秦の存在は合従の功績に関わらず嫌われ、蘇秦にまつわる言い伝えも悪意に満ちたものが多いと言います。

まとめ

蘇秦は遊説家としてまだ芽が出ない頃、妻や妾を含む一族全員から才能の無さを笑われたと言います。

その悔しさや「見返すぞ!」という思いが蘇秦を発奮させたそうですが・・

そうした気持ちが強すぎて、大きなビジョンが無かったことが後世に語り継がれる人物になれなかった原因かもしれません。

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